認知症の父が車で出たまま帰ってこなかった。警察の捜索と免許返納まで
2022年12月、父が車で出かけたまま帰ってこなくなり、警察に捜索をお願いしました。見つかったのは隣県。父は迷ったことすら覚えていませんでした。その後、認知症と診断され、わが家が免許返納と車売却まで進めた実体験です。
この記事の目次
父とは少し離れて暮らしていました。
結婚してからは実家へ帰ることもそれほど多くなく、正直、父の変化にはあまり気づいていませんでした。
母からは、
「同じことを何度も言う」
と聞くことはありました。散歩へ出かけて、血だらけになって帰ってきたこともあったそうです。
でも本人は、なぜケガをしたのか覚えていない。
今思えば、いろいろ兆候はあったんだと思います。
それでも私が、
これはさすがにおかしい。
と思ったのは、2022年12月でした。
父が車で出かけたまま帰ってこなかった
父は昭和19年生まれ。2022年12月当時、77〜78歳です。
その日、父は昼過ぎくらいに車で出かけました。夕方になって、母から電話がありました。
「お父さんが帰ってこない」
父は携帯電話を持っていました。ただ、父は電話の使い方自体が分からなくなっていて、こちらから電話をかけても出ることができませんでした。
私と妻で最寄りの派出所へ行きました。
父の写真を見せたり、
「携帯にGPSはありませんか?」
と聞かれたりしたのを覚えています。
父が使っていたガラケーにはGPSがなく、居場所を探すこともできませんでした。
警察に捜索をお願いしました。
見つかったのは隣の県だった
その後、父は見つかりました。隣の県まで行っていました。
見つかったとき、車は道路に止まっていたそうです。
とにかく見つかってよかった。
12月です。
もしあの日見つからず、ガソリンまでなくなっていたらどうなっていたのか。
今考えても怖いです。
もっと驚いたのは、父本人でした。
帰ってこられなくなったことも、 道に迷ったことも、 本人は覚えていませんでした。
「迷ってしまった」
という自覚すらありませんでした。
それまで母から父の物忘れについて聞くことはありました。
でもこの出来事で、
これは普通の物忘れじゃない。
と私もはっきり感じました。
思い返すと、父は私の名前も間違えるようになっていました。私のことを、自分の兄弟の名前で呼ぶことがありました。
父は、昔のことは覚えているのに、最近あったことは覚えていない。
そんなことが増えていました。
その後、父は認知症と診断され、病院へ通うようになりました。
この時点では、まだ介護認定は受けていません。
免許は、ほぼ無理やり返納した
車で帰ってこられなくなった以上、そのまま運転を続けてもらうわけにはいかないと思いました。
免許は返納してもらうことにしました。
……と言っても、本人が納得して、
「もう運転をやめるよ」
となったわけではありません。
ほぼ無理やり連れて行きました。
母も、このとき一緒に免許を返納しました。
車も売りました。
これも父がどこまで分かっていたのかは、今も分かりません。
とにかく、もう運転できないようにしました。
今でも「俺の車はどこいった?」と聞かれる
免許を返納して、車を売ったこと。
父は今も自覚していません。
現在は施設に入っていますが、面会へ行くと、
「俺の車はどこいった?」
と毎回のように聞きます。
私から見ると、車で出かけることは父の唯一と言っていい楽しみでした。
それでも、あのまま車を残しておくという選択はできませんでした。
車がなくなってからは、毎週末買い物へ連れて行った
父も母も免許を返納したので、買い物へ行く足がなくなりました。それからは、私が毎週末、買い物へ連れて行っていました。
子どもたちも一緒です。父母にとっては孫に会える時間にもなったので、それはよかったと思います。
ただ、毎週となると私は結構しんどかったです。
平日は仕事。 週末になると実家へ行って買い物へ連れて行く。
この頃から、親のことに自分の時間をかなり使うようになりました。
父のお金の管理をするようになって考えたことは、別の記事にも書いています。
父に聞けなくなって気づいた。家族がお金にたどり着くためのエンディングノートを作りたい
あの時、無理にでも免許を返納してよかった
本人が納得して返納したわけではありません。
無理やりです。
それでも私は、あの時に返納してよかったと思っています。
父自身は、道に迷ったことを覚えていません。
免許を返納したことも、車を売ったことも今は覚えていません。
もしあのまま運転を続けて、誰かをはねてしまっていたら。
そう考えると、今でもぞっとします。
今振り返れば、
もっと早く返納してもよかった。
くらいに思っています。
少なくともわが家では、本人が納得するまで待たずに動いてよかったです。
このあと父は自宅で転倒して腰を骨折し、2024年に入院。
そこで初めて要介護認定を受け、最初から要介護4でした。
その後、父は特別養護老人ホームへ入ることになります。
その話は別の記事で書きます。